このページでは「Raymarineの航海計器やGPSプロッターは真風力の算出にGPSデータ(SOG)を参照しないのはなぜか」というご質問を切り口として、Raymarine計器の機能、およびその背景にある開発思想をご説明します。他社製品との比較はもちろん、純粋に船上、航行時の風に対する考え方としても有益な記述となっておりますのでぜひご一読ください。
Resources - Raymarineにおける「風向」の考え方
SOGで真風力を算出することは出来ない?!
以下の冗長なご説明にお付き合い頂くのが難しい方に端的な回答を申し上げますと、Raymarineは「SOGでは正しく真風力を合成できない」という立場を取っております。端的に言い切ることによる語弊を恐れずに申しますと、SOGのみでは潮流、海流による影響を加味することが出来ないというのが主な理由です。
そもそも「真の風」とは?
真の風とは物体の移動を加味しない自然風のことである、という定義は一般的ですが、その角度を表示する以上「どこを0度とするか」という基準が必要になります。船における真風向(True Wind Angle = TWA)はバウアングルを0度としたときの角度を示すのが通例となっていますが、このような変動値(=バウアングル)を基準とした風向表示を「自然風と同一」と定義するのは無理があります。真北を0度とした風向定義も存在して然るべきで、実際にRaymarineではこの2つの明確な使い分けがなされています。
「対地風力」という考え
真風向がバウアングルを基準とする一方、対地風向(Ground Wind Angle = GWA)は真北を0度として定義されます。すなわちRaymarineでは、風力を「相対風力」「真風力」「対地風力」の3つ(+α)で定義しています。3つの算出法を比較してみましょう。
◯相対風力(見かけの風)
Apparent Wind Angle/Speed = AWA/AWS)は船に設置された風力計のみで得られる数値で、他のデータや外的要因に左右されない純粋な計測値です。例えば船速10ノットで15ノットの風に向かって走ればAWAは0度、AWSは25ノットになり、風下に10ノットで走ればAWAは180度、AWSは5ノットになります。
◯真風力(真の風)
True Wind Angle/Speed = TWA/TWSは相対風力と船速とをベクトル合成することで得られる算出データ(計測データではない)です。対地速力(Speed Over Ground = SOG)を速力ソースとして参照する計器も市場には存在しますが、Raymarineでは対水速力(Speed Through Water = STW)のみを速度ソースとして参照します(対地速力では「対地風力」が算出されてしまう:詳細後述)。さらに、Raymarine計器の上位機種(i70以降)はここにコンパスヘディングを加えることで真風方位(True Wind Direction = TWD)、すなわち真北を0度とした真風力の表示も可能です。ここでも参照するソースはあくまでコンパス方位であり、対地方位(Course Over Ground = COG)は使用できません。COGはあくまで船の進行方位であり、バウアングルとは必ずしも同一でないためです。
◯対地風力
(Ground Wind Angle/Speed = GWA/GWS)は「デッキ上に立ち、北を向いた時に感じる風」と定義できる風です。見かけの風(AWA/AWS)とCOG/SOG(実際に船が進んでいる方位とその速度)、コンパスヘディング(ウィンドベーンの指している角度を北=0度で表示)から算出されます。この数値は主に高速航行する船で参照されるデータであり、セールボートでは活用の機会が少ないものですが、ここで重要なのは見かけの風(AWA/AWS)に対地方位/速力(COG/SOG)を合成してもセールボート上で求められる真風力は正しく算出されないという点です。
対地風力を用いると逆効果?!
湖や穏やかな水面ではリーウェイが最も大きな誤差要因と言えますが、これが潮流や海流といった大きな水の流れを持つ海面となると、対地風力と真風力との間には大きな乖離が生じてきます。これがセールボート向け航海計器が真風力の算出に対水速力のみを参照する理由です。高速艇の場合は見かけの風や方位ベースの風向きがより重要となるケースも増えてきます(風の煽りや波の向きの予測など)。
ここで対地風力(見かけの風+対地速力)と真風力(見かけの風+対水速力)それぞれを用いた場合のセーリングパフォーマンスに及ぼす影響をシミュレートしてみましょう。場所はシドニーハーバー、映画「ファインディング・ニモ」にも出てきた東オーストラリア海流が流れる海域で、対地風向90度(真東からの風)が吹いているという状況で東へ向かいます。まずは海流がない想定でコースを考えてみます。この場合は真東からの風に対して45度で上る(タック一回)のみという至極単純なコース設定となります。
次は南へ2ノット以上の海流が流れていることを想定します。比較検証に入る前に船を止めてみてください。当然海流に流されて船は南へ漂い始めます。この時の風軸は完全に船が静止しているときと比べて多少南に寄っているはずです。それではスターボードタックで帆走を再開します。対地風向(真東からの風)に基づいてコースを取る場合、一枚目の画像同様に45度で帆走することになります(説明上数値はキリの良いものを使用)。一方、真の風に基づいたコースを取れば、潮流による風軸のズレでもっと東寄りのコースを取れることが分かります。ポートタックで見ても、純粋な対地風向に対しては135度で走るのが正解に見えますが、そうした角度では上りすぎになってしまいます。この場合は150度前後まで落としてやる必要があります。
このように、風力合成に使用するソースデータが不適切な状態ではこうしたシンプルな条件下における適切なコース選択すらままならなくなってしまうことが分かります。